サワードウセミナーを開催

サワードウ セミナー シンポジウム サワー種 サワードゥ 東京
21 10 2005

2005年10月21日、東京・赤坂プリンスホテルにて、サワードウセミナーを開催いたしました。

ヨーロッパでは1996年と2003年に開催され、サワードウ等の研究者の間で大きな注目を集めた国際サワードウ・シンポジウムを「ぜひ日本でも」という構想の下、企画された今回のセミナー。日本の製パンのプロフェッショナルの皆様を前に、イタリア、ベルギー、そして日本のサワードウや食品微生物学、発酵学に関する4名の権威が熱弁を振るってくださいました。

講義内容の抜粋

「サワードウ概論」 
マルコ・ゴベッティ 氏 イタリア・バリ大学農学部教授

サワードウの生態系 - サワードウとは「小麦、ライ麦、水の混合物を乳酸菌によって(または酵母とともに)発酵させたもの」。サワードウをよりよく活用するには、微生物の反応、特に乳酸菌の働きをよく理解する必要がある。

サワードウの特性は、乳酸発酵やタンパク質分解、乳酸菌の活動における柔軟性と潜在能力、周りの環境に適応した形で反応することである。内因的要素(粉に含まれる炭水化物や酵素の反応など)と外因的要素(発酵温度・時間、水と粉の割合など)を組み合わせることで最適なバランスが生まれ、パンの保存性や食感、味に影響する。

炭水化物(糖質)の代謝 - サワードウにおけるヘトロ発酵では、生成されるものがラクテートだけでなく、エタノール、CO2の他、パンの典型的なフレーバーに大きく関わるアセテートも生成される。これをより多く生成するには、外部電子受容体としてのフルクトース(果糖)が重要。フルクトースは小麦粉の中に自然に含まれるが、少量を生地の中に入れることによりその濃度を高め、パンのフレーバーに大きく影響する酢酸を生成する。微生物を適切に働かせることで、乳酸菌と酢酸をバランスよく生成することが可能になる。

窒素化合物の代謝 - 微生物を使用せず化学的に酸性化させた生地とサワードウを使用して発酵させた生地を比較すると、サワードウを使用した方は、小麦粉に元々含まれる酵素の働きに助けられ、発酵の過程でタンパク質が乳酸菌によって分解される。こうして生成された遊離アミノ酸はパンのフレーバーに大きな影響をもたらす。アルギニンの異化反応は乳酸菌や酢酸の生成を助ける。アルギニンは小麦粉に元々含まれるが、少量添加することで乳酸菌の活性が最適化される。

乳酸菌による抗菌作用 ー サワードウの乳酸菌は、パンに発生するカビを抑える有機酸を生成する。さらに、酢酸の生成、アミノ酸の合成、アルギニンの異化作用により生まれるフレーバーの微生物汚染に対する阻害活動も行う。
内部多糖類形成 - 乳酸菌によって形成されるデキストランなどの内部多糖類は、生地の粘度を高めボリュームを向上させる作用がある。内部多糖類を生地に加えることでこれらの働きを起こすことが可能になる。

サワードウの栄養特性 - セリアック病は自己増殖性の粘膜炎症で、グルテンを摂取することにより発症する。患者はグルテンを消化分解できないため、通常グルテンを含む食品を摂ることができないが、24~48時間の長期発酵を経て、グルテンの分解が進んだパンをセリアック病患者に食べてもらった実験では、問題がないことがわかった。

まとめ - サワードウはパンのあらゆる面に効果をもたらすが、サワードウの微生物は環境ストレスの影響を受けやすい。適切な管理の下、ストレス耐性のある微生物を使用することで、サワードウの特性を引き出した高品質なパンの製造が可能になる。


「新しいサワードウの開発と利用」
森 治彦 氏 ジーグフリート研究所代表、(株)アンデルセンサービス顧問

サワードウに使用される乳酸菌には様々な種類があるが、それは食用に利用できるものでなくてはならない。日本酒などの醸造の仕組みを利用すれば、日本独自のサワードウができるのではないかと思い当たり、新しいサワードウ「ひろしまサワードウ」の開発に至った。

乳酸菌による品質向上 - 生地の発酵ボリュームは乳酸菌の添加により低下するが、酢酸と乳酸の発生量が増加し、おいしさやフレーバーに影響する遊離アミノ酸量も増加する。乳酸菌が活動することにより、あるいは、原材料に含まれる酵素の働きが乳酸菌により制御され、これらのことが起きる。乳酸菌を添加するだけでは生地発酵において膨らみの効果が得られにくいが、ラクトバチルス・サケイ(日本酒のきもと由来の乳酸菌)に耐酸性酵母を合わせることで、新しいサワードウを造ることに成功し「ひろしまサワーブレッド」として開発、発売に至った。

乳酸菌菌体による機能性向上 - サワードウに含まれる乳酸菌は、焼成により死滅しても機能性を発揮する。パンに含まれる乳酸菌の加熱死菌体を食することで、これが胆汁酸と結合・排泄されることが増し、血中コレステロールの上昇や中性脂肪値、動脈硬化指数を抑える効果も認められた。

GABA生成による機能性向上 - 乳酸菌がグルタミン酸を脱炭酸し、γアミノ酪酸(GABA)とすることで生成されるGABAは、血圧上昇抑制、精神安定化・鎮静、内臓機能・脳機能の活性化などの効果があるといわれている。ヨーグルトやチーズに使われる乳酸菌によってGABAが生成されたサワードウ造りに成功した。これからは、サワードウから得られる恩恵をパンだけで考える時代ではなくなったと思う。例えば、過発酵したサワードウの味を調整することで、ゼリー状のGABAが摂れる食品の開発が可能。GABAを含むサワードウによるパン造りやその特性を検討することにより、他の食品にもその用途を拡大していきたい。


「日本市場におけるサワードウ利用のメリット」 
伊賀 大八 氏 (社)日本パン技術研究所 常任講師

多くの「売れている食事パン」の風味成分を比較分析したが、「おいしい」パンに共通した「傾向」というものは見つからなかった。そこで改めて食べ物の「おいしさ」を考えた場合、パンについては味よりも気泡構造からくる食感の方が重要であることが再認識された。「おいしさ」は多くの因子により構成・支配されるが、「味覚と食感」の2要素に絞って考えるなら、パンの「おいしさ」に占める2要

素の比率は、一般に食感6~8割、味覚2~4割になる。サワードウを利用したパン類の場合、乳酸菌の働きにより遊離される有機酸およびアミノ酸からくる味と香りがパンに加わり、パンの「おいしさ」全体を引き立てることになる。従来、サワードウを利用したパンの風味成分の中心は酸味をともなう有機酸であると思われがちであったが、メイラード反応に寄与して香気成分生成に貢献するアミノ酸の役割は、有機酸以上に重要である。

サワードウの応用例として、冷凍生地や食事パンへの利用がある。冷凍生地によるパンは一般に香気成分に乏しく、サワードウ利用によってその欠点を補うことができる。

日本では、食事パンは重いクラスティなもの、というイメージが強いが、サワードウを利用したクリスピーで軽く食べやすいパン(特に軽いロール)が普及することで、食事パン市場はさらに広がるだろう。

健康志向の高まりからシリアルの市場が伸びている。パンでも豆乳や雑穀入りなどが出回っているが、これらは独特な香りが出やすく、そこにサワードウを利用することでこれら雑な香りをマスキングすることができる。超高齢化社会を迎えるにあたっては、高齢者は味覚が弱るため、舌でも食べられるほどのやわらかさを生み、より深い味わいや香りを引き出す点でもサワードウは利用価値があるだろう。

サワードウを利用する際に問題となるのがその維持・管理である。特にリテール・ベーカリーでは長時間勤務が常態化しており、見えない人件費が多く浪費されている。労働時間を短縮するためにお勧めしたいのが市販サワードウの利用である。これによりサワードウの維持・管理にかけている時間と労力を、リテールが本来発揮すべき創造的な仕事に向けることができ、個性的でバリエーション豊かな品揃えへとつなげることが可能になる。


「インダストリー・プロジェクト」
ステファン・カペル 氏 ピュラトス本社  研究開発部  シニア・マネージャー

パン製品を開発する際には消費者を理解することが大切で、現在3つのトレンドがある。時間を節約できる簡便性、多様な選択肢から選ぶという愉しみ、栄養強化や機能性のある健康志向。もちろん、これらは「味」の良さが大前提となる。

ピュラトスでは、"What's your flavour?"(あなたの嗜好は?)という官能分析で嗜好性の調査している。その結果に基づいてどのような味の製品がマーケットで受け入れられるか分析し、効率のよい製品開発に役立てている。

現在パンの生産者には、製造の簡便性、自動化、労働時間の短縮、品質の安定性と安全性といったニーズがある一方、消費者からは商品の安全性、多様性、パン本来のおいしさが求められている。これらを実現するためには、工業的に生産されたサワードウが有用だ。ピュラトスは長年のパン材料開発経験を活かし、ベーカーがサワードウの複雑な管理をすることなく、長時間かけて発酵させた天然のサワードウを粉末や液状に加工し、材料としてすぐに使用できるサワードウ製品を開発した。これにより、ベーカーは長時間におよぶサワードウの管理から解放されるだけでなく、伝統的なパンの風味を備えたパンの製造を日々安定して行うことが可能になった。

サワードウ製品を使用していないパンと使用したパンを官能分析によるプロファイルで比較すると、サワードウ製品を使用したパンで、モルト風味、酸味、苦味など、パンの風味を構成する各要素が強調されることがわかる。

ピュラトスでは様々なサワー種製品を開発した。例として「カルメン」を紹介する。イタリア伝統のパネトーネは何日間もの複雑な発酵過程を経て製造される。工業的に一貫性のある生産は非常に困難だが、パネトーネ種からデキストランを乳酸発酵により生成する菌株を選び、「カルメン」を開発することに成功した。「カルメン」に含まれるデキストランは、短い時間の発酵でも長時間熟成したような風味、しっとりともちもちした食感や棚持ちの良さを与えることができる。