カカオ・トレース・コンテスト2025 優勝者インタビューとレシピ公開

「勝つと決めた以上、やれることはすべてやる」

──カカオ・トレース・コンテスト優勝者・山口さんインタビュー

前回大会は準優勝。結果は評価されながらも、本人の中には確かな悔しさが残っていました。 「次は、勝つ」。そう決めた瞬間から、山口拓郎さん(株式会社シュクレイ)の準備は始まっていました。華やかな装飾や奇をてらった表現ではなく、チョコレートそのものと、徹底的に向き合う。そして、減点されないための準備を一つずつ積み重ねる。
カカオ・トレース・コンテスト2025で優勝を果たした山口さんの言葉には、プロとしての誠実さと、勝ち切るための現実的な思考が詰まっています。これから各種技術コンテストに挑戦しようと考えているパティシエ、ショコラティエの方にこそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。

商品開発の現場で培われた「現実を見る力」

山口さんは現在、横浜市に工場を構える菓子メーカー、株式会社シュクレイで商品開発を担当しています。新商品の開発から既存商品の改良まで、配合設計、原料選定、生産ラインへの落とし込みまでを担っていらっしゃいます。
「うちの商品は、8〜9割が常温菓子です。一部、生菓子もありますが、基本は量産を前提とした開発ですね」 開発チームは少人数。一人ひとりの裁量が大きく、その分、責任も重い環境です。
「限られた条件の中で、どうやったら一番良い品質にできるか。日々そのことばかり考えています」
この「制約の中でベストを尽くす」経験こそが、コンテストへの向き合い方にも大きく影響していました。

カカオ・トレース・コンテスト2025 優勝
山口拓郎さん

商品開発の現場で培われた実践的な視点が、作品づくりの土台になっている

準優勝という結果が残した「小さくない悔しさ」

カカオ・トレース・コンテストへの挑戦は今回が2回目。前回大会(2023年5月開催)では準優勝という結果を残しています。「正直に言うと、かなり引きずっていました」
当日は、仕上げ環境のトラブルなどが重なってしまったそう。味の評価は高かったものの、完成度という点では「やり切れなかった」という思いが残ったと言います。
「周りから『味はすごく良かったよ』と言われた分、余計に悔しかったですね」
あと一歩、どこかで詰め切れなかった。その感覚が、次の挑戦への原動力になり「次は、同じ後悔は絶対にしない。そう決めました」

「勝つ」と決めた瞬間から、準備は始まっていた

山口さんは、次回大会への挑戦を早い段階で決めていました。「もう、出るなら勝ちに行こうと。そのために、やれることは全部やろうと思いました」。まず見直したのは、前回大会で感じた“弱点”です。
・仕上げ環境 ・持ち運びのリスク
・当日の動線
・準備不足による想定外
「当日トラブルが起きるのは、ある意味仕方ない部分もあります。でも、準備で防げることもたくさんある」
今回は、仕上げ場所を横浜市内の普段から自分が作業する職場とし、前回は普段使用しない会場近くのラボだったので、多少早起きになっても自分の管理下で完成させる方法を選びました。「遠回りでも、確実な方を選びました」

テーマは「60DAYS MILKを、どう伝えるか」

今回使用したチョコレートは ショコランテ・60デイズ・ミルク57%CT(通称:60DAYS MILK)
山口さんが最初に考えたのは、「何を足すか」ではありませんでした。
「このチョコレートを、どう表現すれば一番伝わるか。そこから考えました」。ミルクチョコレートの魅力は、甘さだけではありません。
カカオの風味、ミルクのコク、余韻のバランス。それらを一つのケーキの中でどう見せるかが、最大のテーマでした。

製法の違いで見せる、同一素材の表情

メインのムースには、
・アングレーズベース
・パータ・ボンブベース
という、2つの製法を採用しました。
「同じチョコレートでも、製法が違うだけで軽さや口溶けが変わります。その違いを感じてもらえたらと思いました」
ガナッシュはあえて固めに仕上げ、チョコレートそのものの味がはっきり伝わる構成に。さらに、ジュレや焼成パーツも加え、 同一素材でテクスチャーが変化する面白さを取り入れました。「いろいろな製法を詰め込みましたが、狙いは一貫しています。 “チョコレートを主役にする”ことです」

副素材は、あくまで脇役に

副素材には、和紅茶とオレンジを使用しました。「どちらも好きな素材ですが、今回は前に出しすぎないように意識しました
山口さんは開発職という立場なので、普段から素材のリサーチは丹念に行っていたのでその知見をここで活かせたそうです。
しかし前回大会では、副素材がやや強いという指摘を受けていました。
「今回は、チョコレートを押し上げる存在に徹しています」。香りの変化や余韻のアクセントとして機能する程度に抑え、主役の輪郭をぼかさないバランスを追求しました。

一見シンプルな構成の中に、60DAYS MILKの多様な表情が詰め込まれている

「足し算」ではなく「引き算」で仕上げる勇気

試作を重ねる中で、山口さんは何度も不安を感じたと言います。「最後の方は、『ちょっとシンプルすぎるかな』と思いました」 周囲の作品が華やかに見えるほど、迷いは生まれます。「でも、そこで足すとブレる気がしたんです」
山口さんが意識していたのは、「減点されないこと」。「技術コンテストは、100点満点から減点されていくものだと思っています。 だから、減点されそうなポイントを一つずつ潰していく」
仕上げのムラはないか。
断面は美しいか。
構成に無理はないか。
「突っ込まれそうなところを、先に全部消していきました」

エントリーは「完成してから」

実は、山口さんのエントリーは締切直前でした。「狙いはまったくありません。ただ、完成していない状態で出したくなかった」 チョコレートサンプルを提供してもらう以上、中途半端な気持ちでエントリーすることはできない。「7〜8割くらい完成して、『これなら戦える』と思えてからエントリーしました」
結果的にギリギリになりましたが、それは誠実さの裏返しでもありました。

本番で意識したのは「減点されないプレゼン」

最終審査では、プレゼンテーションも重要な評価要素になります。「以前、別のコンクールで『プレゼンが弱い』と言われたことがあって」。それ以来、山口さんはプレゼンも“準備するもの”と捉えるようになりました。
・聞かれそうな質問を想定する
・答えを言語化しておく
・構成を頭に入れておく
「作品が良くても、伝わらなければ評価されない。今回はそこも含めて準備しました」

作品の意図を、自分の言葉で丁寧に伝える

優勝の瞬間に込み上げたもの

優勝発表後、審査員のパティスリー メゾンドゥース オーナーシェフ 伊藤文明さんと共に

結果発表で名前を呼ばれた瞬間、山口さんの頭には前回大会の悔しさがよみがえりました。
「正直、ちょっと込み上げました」。やるべきことをやり切った、という感覚。それが、結果として返ってきた瞬間でした。
「素直に、やってよかったと思いました」

優勝がもたらした、仕事への影響

優勝は、山口さん自身の中だけでなく、職場にも変化をもたらしました。
「会社でのパティシェとしての評価が高くなった気がします」。
開発者としての実力は、日常業務では見えにくいものです。コンテストは、それを客観的に示す一つの手段でもあります。
「優勝した人が開発している、というのは、会社にとってもプラスだと思います」。

これから挑戦する人へ

最後に、これからコンテストに挑戦しようと考えている方へ、メッセージをもらいました。
「特別なことはしていません。ただ、やれることをすべてやって、後悔を残さないようにしただけです」
才能やセンスだけでなく、準備と誠実さが結果を左右する。
「迷っているなら、やってみた方がいいと思います。結果以上に、得られるものは必ずあります」

(編集後記)
山口さんが、ここまで本コンテストに真摯な思いを寄せ、一つひとつ丁寧に準備を重ねてくださっていたことを知り、主催者として心からありがたく感じるとともに、改めてこのコンテストを運営する責任の重さを感じました。
優勝が決まってからは、本当に多くの祝福の声が寄せられ、新たなご縁や人とのつながりも広がっているそうです。それは、結果だけでなく、挑戦に真正面から向き合い、やり切ったからこそ得られたご褒美なのかもしれません。これからも山口さんが、ご自身の歩みを大切にしながら、さらに活躍の場を広げていかれることを、主催者として、そして同じ業界に携わる一人として、心より応援しています。

なお、カカオ・トレース・コンテストは次回、2027年の開催を予定しております。エントリー開始は2026年末を予定しています。 多くのプロフェッショナルの皆さまの挑戦を、楽しみにお待ちしております。